2012年01月30日

トーヨーキッチン「フォトコンテスト」で審査員特別賞を頂いた つばさの家 先週末に訪問して来ました!

夕景-002.jpg

受賞の報告とご挨拶を兼ねてお邪魔致しました
それと 一番寒さの厳しい時期にPS暖房システムがどの様に
機能してるかと言うところが知りたく 夕方から夜間にかけ
お邪魔いたしました

相変わらずスッキリと生活されているのに感心しました
カーテンも無くオープンに暮らす、、、出来そうで中々出来ません
そして カーテン等が無いとガラスからの寒気でコールドダウン現象で
床が冷たく成るので不利な条件でしたが 果たして如何でしょうか?

つばさの家が有る場所は栃木県でも山間部を覗き結構寒さの厳しい場所で
雪こそ降りませんが 氷点下10℃近く成るそうです

温度計測をした日は外気温がマイナス7℃でした 
期待して部屋に入ると 以外に寒いのでした???

部屋に入り10分位はコートを脱げませんでした
部屋の中の熱交換器に流すお湯の温度は39度に設定して
パネルの温度を測ると30℃〜33℃と言う所でして
パネルの前は暖かさを感じてしばらく その前に居ました
内観-009.jpg
場所をダイニングテーブルに移して話をしていると
徐々に輻射熱を感じて上着を脱ぎ 足元から頭まで
同じ様な環境でとても心地よい温度に感じられるから不思議です

そして計測をしてみると 一番温度が高いのが壁面と天井で17℃
床面は15℃〜16℃と言うところです
一番面積の多いガラスですが12℃でしてこの面の熱損失が
勿体無い感じですが 施主様曰く 解放的に暮らしてると
カーテンその他でふさぎたく無いそうです、、、何と潔い!

ファンノイズが無く 無音で冷房暖房をする事と
体が気持ちが良い事 そして30坪を全館暖房し
オール電化で月に25000円のピーク時のランニングコストは
833円/1日は 安いと思いました

場所が宇都宮であれば、、、 東京であれば、、、更にお安い筈です
お金には変えられない 気持ち良さが其処には有りました
長く居ると体に熱を貰い 床に直接座って居ても寒く無い程です

室内の空気を暖める他の暖房と比べて 入室時には感じられない
体の心から温まる とても良い暖房でした 自分の自宅も会社も
後から取り付けしたいものです 

ニックネーム 喜多 at 09:52| Comment(0) | 設計&デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

おじいちゃん 青年? トヨゾウさん

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新しい年が明けたと言って 早1月も終わりです、、、

年始に 学生時代の友人達と久し振りに沢山話をしました
その中の一人に 岩手県九戸郡軽米町と言う所に住んで居る友人

学生の頃から ゆったりとしたリズムの奴で 話し方も良く言うとゆったり
一般的には トロイ? 生活その他のリズムが違うと何時も思って居た

世間では若者は 超早口で話すと思って居ますが 彼は昔から変りません
正直 学生の頃はそのスピードが歯がゆく いらだって居ました(笑

何の因果か 今流行のシェアーハウス的に3名で同居していましたが
全ての面で温厚でゆったりとまるで おじーちゃんと居る様で何となく
心が休まる変な青年でした


茶道に修道し来月から8年目に入りますが 長くこんなに夢中に成り
自分でもビックリして居ますが お茶の世界では10年経っても
はなたれ小僧の様な世界です

その目指すお茶人の手本は 何時もゆったりと構えて大樹の様な包容力と
時間が過ぎるのも忘れてしまう様な 不思議な雰囲気をかもし出す事で
それって もしかしておじいちゃんの様な青年豊三(とよぞう)さんに
成る事かい、、、、!!

ゆったりとした 大人の時の流れ的 リズム、、、
彼は生まれながらにそのリズムを、、、自分も後 2〜30年修行をすれば
彼の様に成れるのでしょうか?

それとも性格は幾つに成っても変らないのでしょうか?
 三つ子の魂、、、 なのかも知れませんね、、、


ニックネーム 喜多 at 21:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月25日

旅先で出会った意外な共通点

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佐賀県を旅して 幕末から明治への廃藩置県で栃木県知事(県令)に成った
佐賀は鍋島藩士 鍋島貞幹(鍋島幹)でした 真岡県とか宇都宮県とか栃木県令
色々と変りましたが 栃木県知事の最初の役職は 佐賀県の人と言う事で
県令の二人目も藤川為親というこの人も佐賀県の人でした

鍋島幹さんはその後 青森 広島の知事を歴任し 男爵で貴族院議員に成り
在任中に他界したそうです

萩では偶然見学した蘭学医の家が 青木家という那須開拓に尽力した
曽祖父は元外務大臣 青木周蔵 青木大使と言うと96年ペルー大使
人質事件が有名です 今ではペルーと言うと地下資源の宝庫と言う事ですが
当時は途上国の大使でしたが 青木家の那須のが原開拓の功績は大きく
その辺りの地名に成り 青木小学校等も有る位ですから

そして那須には乃木大将も那須に庵を設け住んで居ましたね
遠く離れた土地の偉人達が 地元に関わって居た事は非常に興味が有り
また 不思議な縁を感じます

身近な所から歴史的な偉人が沢山出ている土地に住むひとは 郷土の誇りと
意識が違います 弥生の時代に先進国で有った佐賀の吉野ヶ里
明治の時代に輝きを放った 松蔭先生のDNAを継ぎ活躍した方々に触れた
そんな旅でした

そして美味しい物に沢山触れた旅でも有りました
玄海灘を眺めながら 海鮮焼が食べられる呼子の近くの名護屋城後近くの
岬にて、、、舌鼓!
ニックネーム 喜多 at 11:19| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする