昨日に続き 塀の話題ですが、写真は彦根城2の丸別邸の塀ですが、
城の塀は、ヨーロッパの防御の意味が有ると思われます、
写真は天秤門と言われる、秀吉築城の長浜城からの移設とされていますが
門と言うと其の周りが塀の役目をするのですが、この規模で有ればEUの
城壁と引けを取らないかも知れません、更にこの彦根城は、戦略的に優れ
戦う城と言う骨格をしてるそうです。
明治の写真を、城の職員さんに見せて貰いましたが、周りは琵琶湖から流れる
水の為に湿地に成って居た様で、学校や、運動公園が出来て周りの変化しても
遠くに写る小高い丘の形とか、変わらず同じ場所からの撮影と解ります、
琵琶湖の水に囲まれ、近くの浜離宮と言う別邸に殿様が向かうのは、
城の堀から船で出掛けたそうです。
当時の様子を創造し天守閣から眺める琵琶湖は今も変わらぬ風景でしょう
当時の高層建築の天守閣、一般庶民が眺める事を許されない特別な場所。









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